【どうして】
「目を瞑れば、貴方には何が見える?」
「何でも見えるさ。どこまでも続く地平線、これでもかってくらい広い海、数えきれないほど輝く星と夜空」
「・・・そっか」
「目を開ければ、君には何が見える?」
「何にも見えないよ。貴方の顔以外はね」
寂しそうに笑った彼女は、何も写すことのないその目を僕に向けていた。
「今は夏って言ってね。ヒマワリが沢山咲いているんだ」
「見たことないや」
「もう暫くすると秋になるよ。秋明菊の淑やかな花弁が好きなんだ」
「見たことないや」
「冬は寒いから苦手なんだけど、梅の花が雪に映えてまるで映画みたいになるんだよ」
「見たことないや」
「春には桜が満開になるんだ。それはとてもとても綺麗でね」
「まるで君みたいだよ、サクラ」
「・・・。見たことないからわかんないよ」
頬を伝うその涙は、一切の淀みない川のように静かに流れていった。
「貴方は辛くないの?私と居たって綺麗な景色も面白い映画も、何も楽しめないじゃない」
「いつだって君越しに見える景色だから綺麗なんだ。それに一人で見たってなにも面白くない」
「私は・・・、私は凄く辛いよ。ずっと真っ暗なんて嫌。貴方みたいに目を瞑ったって何も見えやしないの!」
遠くで花火が散った。
「・・・。花火って凄く綺麗なんだ。でもあっという間に夜に溶けていってさ。その光なんてみんなすぐに忘れちゃうんだ」
「一緒に見てみたかったなぁ・・・」
「見えるから忘れちゃうんだ。そんな悲しい思いするくらいなら」
「え?」
夜空にとめどなく光の花が咲き誇る。
その一片が静かに僕の眼へ触れた。
「どうしたの?大丈夫!?」
「・・・」
「ねえ・・・嘘だよね?」
「どうだろうね・・・。でもこれでやっと君と同じ景色が見れるよ」
「馬鹿!なんで・・・。何勝手にそんなことしてるの!?それで私が喜ぶとでも思った!?」
きっと君は泣いているんだろう。
すぐ隣に感じる優しい温もりがいつもより鮮明に伝わってくる。
「・・・わからない。でも、僕は忘れることが怖かったんだ」
「どうして・・・。どうしてそこまでして・・・」
「何回も言わせないでおくれ。僕は目を瞑ったって」
「そういうことじゃない!」
「・・・。ごめん」
どうやらこの夜空は、僕が知っているものよりも随分と明るいものだったらしい。
擦れていくその情景を、名残惜しむように僕は言った。
「サクラ、好きだ」
「なんで今そんなこと言うの・・・」
「今じゃなきゃダメなんだ」
君がしゃくり上げている。
撫でてあげたい、抱きしめてあげたい。
ただ、僕の手が君に触れるまで少し時間がかかってしまった。
「夏はヒマワリが沢山咲いてさ」
「・・・」
「秋は秋明菊を触ってみて」
「・・・っ」
「冬になったら雪に浮かぶ梅を眺めてさ」
「私も・・・」
「春には君と一緒に桜を見よう。二人で」
「私も・・・好きだよ」
僕らしか居ないこの世界に響いた2度目の告白は、
最後の花火の残響と共にもう見ることのない遠い青へと混ざっていった。