【アオイホノオ】
私に親は居ない。
私を産み落とした男女は存るが、「金と食い物が無い」と言って私を売った。
物心がついた時には私は『嫂様』と一緒に暮らしていた。
嫂様は優しい。私に食べ物と寝るところと着るものと、時々甘い砂糖菓子をくれる。
嫂様は何をしてお金を稼いでいるのか、私にはわからない。
以前、それはそれは美しい蒼の着物を纏って「仕事」に行こうとしていた嫂様に何をしているのか尋ねたことがあったが、嫂様は一言
「あんたはまだ知らなくていいんだよ」
・・・と、一言寂しそうに呟いただけだった。
嫂様は優しい。私を怒鳴ったことなど一度もない。私の前ではいつも笑顔だった。
だからこそ、その嫂様が知らなくても良いといったのだ。
幾度か四季が廻った。
背丈もあの頃と比べて大きくなった。
いつだか嫂様は私の傍から居なくなってしまった。どうも町一番の呉服商の主人の所へ飛んだらしい。
嫂様は私に何も言うことなく消えてしまった。
それはそれは美しい蒼の着物と甘い砂糖菓子だけを残して。
私はそれを纏って今日も「仕事」をする。
決して人様に言えるようなお役ではないが、生きるためにはそれしか道がなかった。
灯篭が映す影と妙に艶めかしい香りに包まれた部屋で
私は見知らぬ男と相まみえる。
花を紡いで悦に浸り、建前の飾り言葉はまるで六文銭かのように。
男が着物を剥がす。
脱ぎ捨てられた蒼には目もくれず、手を伸ばして来た。
私も男に手を回す。
ゆっくりと、ゆっくりと。
男は私の手に握られている「甘い砂糖菓子」には気づいていないようだった。
今宵も私は私を売る。
そこに情など無く、音もたてず、ただひたすらに。
自分の中で燃え上がっていた焔が徐々に揺らいでいく感覚と、
どす黒く沈んでいく感情に耐え切れず涙を流した日もあった。
「あんたはまだ知らなくていいんだよ」
嫂様は優しかった。私も優しくなれるであろうか。
一刻ばかし経ったであろうか。
随分と静かな時が流れている。
隣に横たわる「それ」は先ほどまでの卑しさは消え、
今はただそこに咲く花のようだった。
いつの間にか灯篭の火が消えていた。
月明かりが着物を照らす。
済んだ蒼の肌に、僅かばかりの赤が返っている。
夜明けまではまだ暇がある。
私は部屋を後にし、役目を終えた「甘い砂糖菓子」を撫でた。
次第、号哭となった虫の音。
その虚しい響きが私から出てきたものだと気づくまでに
時間は要らなかった。